No.4331 またまたまた事件 投稿者:たぬき 投稿日:2008/09/03(Wed) 17:14 [返信]

     1日午後9時5分ごろ、愛知県一宮市大赤見市場地下屋敷の鉄工所「仲孝工業所」で、経営者の仲島孝治さん(57)が、屋内にあるクレーンに金属ワイヤを首に巻かれた状態でつり下げられているのを、仲島さんの長男(19)が見つけ119番した。仲島さんは一宮市内の病院に運ばれたが、午後10時に死亡が確認された。一宮署が殺人事件とみて捜査を始めた。

 調べでは、仲島さんは前頭部と下あごの切り傷のほか複数の外傷があり、血だらけの状態だった。クレーンのフックにワイヤが結びつけられ、床に足がつくかつかないかの高さで、つり下げられていた。

 発見時、同工業所の引き戸は開いた状態で、所内の電気はついていた。仲島さんは作業着に作業靴姿だった。午後6時ごろ、家族が電話した際には、電話に出ており、仕事中だった。

 一宮市消防本部によると、同日午後9時10分ごろに女性の声で「降ろしてください」と取り乱した様子で119番が入ったという。

 救急隊が到着した時には、長男が仲島さんを下に降ろし、心臓マッサージをしていたが、すでに心肺停止状態だった。

 民間調査会社によると、仲孝工業所は1983年創業で従業員3人。工作機械部品加工のほか、不動産賃貸業も手掛けている。

 この道を50m行った所で8年前、近所の兄の家に行こうと通りかかり、前の車が一旦停止をせずに交差点を通過したので、一旦停止に気が付かず付いて行ったら運転席をトラックに直撃された。相手の運転士の顔とフロントガラスがスローモーションでひび割れて行くのが見えた。多分これは0.0何秒である筈である。私は車のドアを開けて飛び降りて手足が骨折していないか確認した。そして交差点の傍の家にはいてすみません休ませて下さいといって横になったきり、呼吸できなくて動けなくなった。そして携帯から救急車を呼んで次いで一宮市民病院に電話して入院させてくれと自分で頼んだ。
 衝突の衝撃で左右の肋骨は複雑骨折していた。呼吸できない状態をparadoxical respiration奇異呼吸になり、これをfail chestと教科書に書いてあったなあと詰まらぬ事を考えていた。それからが大変で骨折の激痛と呼吸困難で大変苦しかった。一宮市民病院は本来交通事故なんか入院させてくれないので押しかけ患者に冷淡で外来に一時間も放って置かれ一回ソセゴン30mg打って呉れただけだった。シャツを切られて裸にされるとガラスの破片が手ですくえるほど出てきた。それからが大変。頼んだ先生が循環器だったのでICUに入れられて隣はその晩死んでしまいワーワー泣くのと機械の音で一睡も出来ないし、痛いけれど外観は何ともないので嫁はんは仮病だというのです。
 翌日車椅子で胸部CTを撮りに行ったら内の患者と鉢合わせになってばつが悪かった。CTは肋骨がナイフの様に肺にめり込んでいて気胸にならずに済んだのが奇跡だった。気胸になっていたら死んでいた。トイレに行く時の辛さは酷いものでトイレでパンツを脱ぐとガラスの破片がざらざら落ちてくる。2月経っても頭を洗うとガラスで研磨した様に血だらけになった。右の耳の穴は3年経ってもメンボで掃除すると血だらけになる。粉末になったガラスの所為なのだ。3日で無理無理退院した。だってICUで寝られない。本当にICU症候群になった。
 これは家族でイタリア旅行に行って3日目で、母親の死んだのは一年前のその日だった。直ぐに大学に電話して代務にもう一度来てくれと頼んだ。一週間後には診療に復帰した。ボルタレン50mg座薬を一日3〜4回使って真っ青の顔をして仕事した。往診も地獄だった。どうしても行かなければいけない所に行くとあすこに行けて家には何で来てくれないと文句をいわれると家内に運転させてz−z−言いながら行った。そして帰って寝込んでしまう。
 毎日血胸が酷くなり、胸膜肥厚が2cm近くなった。睡眠時無呼吸が酷く、うちの入院用ベットで起座のまま半年も寝ざるを得なかった。夏に胸のコルセットを締めると汗もだらけ。半年経って始めてベットでまっすぐ寝れた時は嬉しかった。
 これで身近な事件は3件目。




スレッド記事表示 No.4331 またまたまた事件 たぬき 2008/09/03(Wed) 17:14
   ┗No.4340 RE:またまたまた事件 どら 2008/09/06(Sat) 09:45



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